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2005年1月14日

オールディーズ [ 番外編‐十日市の思い出‐ ] ( Mayumi )

 今年も大成功のうちに十日市は終りました。みなさんご存知ですか?昔会津若松市では旧暦の1月10日に十日市が開催されてたことを。たいてい2月ですからその頃というのは年によっては春の兆しが感じられ、またある年は寒離れの寒〜いそれこそ荒れた日だったりしたんです。

 その年はとっても寒い雪の多い年でした。小学1年か2年の私は祖父に連れられて十日市に行った記憶があります。なんせ私はじんちゃっ子だったのです。というのは兼業農家で両親は普段勤めに出てましたし、日曜日(はたして両親の休みが日曜であったかは定かでない。昔は木曜日が電気休みとか言ってときどき停電になる事があった!?製材所に勤めていた父はその日が休みということもあったような気がする。)以外、ほとんど私は祖父の世話になってたと思う。祖母は家事や弟たちの世話で精一杯だった。

 昔は今のようにデパートやスーパーがなく神明通りに洋品店が少々あるだけでしたのでなかなか洋服は手に入らなかった。ほとんど手作りだったんじゃないかな。セーターなんて、ぜったい手編みだった。私のセーターも例外でなく大人のセーターの編み直しが多かったので、赤やピンクなんて夢の色だった。それが、十日市にはいろんな店が出てて、祖父の目に赤い(ローズピンクだったと思う)セーターが飛び込んできた。迷わずそれを私に買ってくれたのだ。祖父にとって私は初孫、可愛い存在だったんでしょうね。今、うちの主人が初孫(娘の娘)が可愛くてしかたないように。
 
 ところで買ってもらったセーター、さっそく家に帰って身に付けましたが、なんと言う事でしょう。だぶだぶではありませんか。サイズなんて確認しなかったんでしょう。今だったら考えられない事です。それでも赤いセーター嬉しくて、袖をまくって着ていました。ところが、そのセーターは品質がよくなく、あっという間に袖口がぼろぼろになり、あっちこっちぐん延びてしまいました。母からは十日市で売ってるものなんて、そんなもんなんだって言われて祖父は苦笑いしていました。

 昔は朝早くから夜遅くまで出店が開いていて、近郷近在から大勢の人が買い物に出て来てたようです。おもちゃとか珍しいものが沢山並んでて、見て歩くだけでも楽しかったような気がします。今の時代は毎日が十日市のようですね。

 私がティーンエージャーのころ、普段はそんなに人通りは多くない神明通り、日曜日ともなれば人が大勢買い物に出てアーケードの歩道は人がぶつかるほどでした。それを私達はすごい人出だ。まるで十日市みたいって「十日市」を人出の多い代名詞のように使っていました。今でもかな。それだけ十日市は昔から会津若松市には深く根付いていた行事なんだなって思います。これからもこの伝統ある行事を未来に伝承して行かなきゃと思います。

 私達あいづね会は市のためにこれからも頑張りましょうね。

投稿者 aizunekai : 2005年1月14日 18:05

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