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2008年02月15日

決断の裏側

Down to Heaven

決断できる強さ

自分の行動・環境を変化させるという行為は、少なからず労力を要します。 また、その変化が周囲にも影響を与えるのであれば、それに伴う責任も生じてきます。 こうした面倒を厭うが故に、良くない (あるいは改善の余地がある) 状態を「なんとなく」「だらだらと」維持してしまっていることはないでしょうか。
こうした状況を打開し、より良い自分になるための「決断」をするには、苦労や責任を引き受ける強さが不可欠です。

断定せずにいられない弱さ

「正しい」決断をするためには、周辺事実の調査・検証といったステップが欠かせません。 それらを欠いたまま行われる判断は、「先入観」や「願望」といった要素に左右されやすいため信頼度は低くなります。 そうした状況下では、判断を保留する、あるいは、どの程度の不正確さが含まれているかをきちんと認識した上での「仮の」決断を下す、といった態度が望ましいでしょう。
しかしながら、そのような措置は「断定」することによる安心感を与えてくれません。 そのため、人はしばしばそれに不安を感じ、十分な根拠がないにも関わらず断定的な決断を下してしまいます。 「下された判断に疑問を抱かず、思考を停止することで安心感を求める」弱さを克服することが、誤った判断の回避につながります。

本当に難しいのは

私たちが日頃行っている個々の決断が、上に上げた「強さ」と「弱さ」のどちらに基づいたものかを見分けるのは非常に困難です。 周囲の人はもとより、決断を行う当人ですら、これを正確に見極めるのは容易なことではありません。 決断を下すときに「自分は何かから逃げていないか?」と自問することはある程度有効ではありますが、「弱さ」からくる逃避は無意識下に忍び込んでくるため、これを意志の力だけで完全に退けるのはおそらく不可能です。
私自身の経験からいうと、「迷ったら、より困難な (ように見える) 方を選ぶ」という正答率が高いようですが、この法則に安易に逃げ込んでしまうのもまた「弱さ」でしょうか。

担当: 成田 (迷ったら、カレーだ。)

投稿者 beko : 2008年02月15日 19:00 | save to del.icio.us このエントリーを含むはてなブックマーク

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