2009年2月12日
裏磐梯高原スキー場

その後、以前からチュービング(タイヤ型のソリの様なもの)を勧められていたので挑戦してみたところ、なかなかスピード出て楽しかったです。ただ、係りの人がコースの途中で「足つけて!(おそらく減速しろとのこと)」と言っていたのを無視した(足首を捻りそうな気がしたので)ところ、雪の壁に激突するなど多少痛い思いをしました。雪の壁に自分の人型ができるのを少し期待したりもしていたのですが・・・やはり無理でしたね。係りの方の指示をちゃんと聞いて怪我のないように楽しみましょう。
担当:阿部(そして次の日全身筋肉痛)
投稿者 beko : 18:40 | コメント (0)
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2009年2月10日
Ipsa scientia potestas est.
私の趣味のひとつに、素粒子物理があります。
自分がいるこの世界はどのように成り立っているのか?
というテーマには、程度の差こそあれ誰もが興味を持ち、その答 (もしあるならば) を知りたいと思うのではないでしょうか。
それを調べる方法のひとつは、対象をより細かい単位に分解していくことです。
そのようにして、人間は分子, 原子, 陽子/中性子,
電子 … といった具合に、物質をどんどん「切り刻んで」、より小さな粒子を発見してきました。
このあたりの領域になると、粒子の大きさは 10-10m (一億分の一センチメートル) よりも小さくなり、肉眼はもとより、顕微鏡でも捕らえきれないほどに小さくなってしまいます。
そうした粒子の性質は「目で見て」「直感的」に理解できるようなものではなく、波のように拡散した
り、何もないところから突然現れたりと、日常的な間隔からは考えられないような振る舞いを呈するようになります。
この奇妙な振る舞いを説明すべく物理学者は観測された現象を矛盾なく説明できるようなモデル (理論) を打ち建てようとしているわけです。
ところが、例え良さそうなモデルができたとしても、それを直接実験で確かめるのは容易なことではありません。
なにせ相手は目にも見えないほど小さい上に、ものによっては 10-8 (一億分の一秒) 程度で消滅してしまうので、「それが確かにここにあった」ことを証明することすら非常に困難。
そのため、モデルの正しさ (精度) を検証・向上させていくには、小さな状況証拠 (泡ができたとか、暗闇の中で水が光ったとか) を積み重ね、それらが互いに矛盾しないような解釈の筋道を見つけていくしかないわけです。
ここまでくると、すでに確立された理論の後追いをするだけでも相当にアタマを捻らなければなりませんが、だからこそ、それを理解することが「趣味」として成立するのだと言えるでしょう。(パズルみたいなものですね。)
この趣味の優れた点は、「(殆ど) お金が掛からない」ということですが、これは裏を返せば「お金を掛けてもどうにもならない」ということ。
どうしても理解できないときは、ひたすら本を読み返したり、別な本の内容とつき合わせたりするのですが、それでもダメなときはダメ。
そんなときは、自分の頭の悪さに落ち込んだりもするわけですが、それもまた醍醐味でしょうか。
投稿者 beko : 18:00 | コメント (0)
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2009年2月9日
デジタルメモ「ポメラ」

インタビューによると、何でも機能を詰め込む最近の風潮には乗らず、敢えて割り切った仕様にしたとのこと。幅広キーボードやATOKの採用などストイックなまでに単機能エディタとしての性能を追求した開発陣の姿勢には感銘を受けます。
欲を言えばもっとキーリピートが速い方が好みであったりローマ字配列をAZIKにしたかったりBluetoothキーボードになってもらいたかったりしますが、その辺りは今後の展開に期待したいところです。
ちなみにこのエントリの内容はポメラで書きました。
担当:真水
投稿者 beko : 18:25 | コメント (1)
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2009年2月7日
orz

ます。目的はプレゼンテーションの練習も兼ねた知識の共有。学生の頃も社会人になっても、この慣習は良い刺激です。
昨日はアルバイトスタッフS氏により”周りで繰り広げられる議論が論理的でないが議論が成り立っている(ように見えてしまう)ことが多い”と言った意味で、「欺瞞に満ちている世界」というタイトルのプレゼンテーションをしてもらい、非常に有意義な時間を過ごさせて頂きました。ありがとうございました>S氏
(以上、前フリ)
さて、議論(あり方等)の話題があると必ずと言っていい程「人間性」のお話が出てきますので、人間性のお話でも少し。
私はシステマティックな (論理に基づき系統だった) お話を続けた場合、実経験上「非人間的である(幸い侮蔑ではないですが)」云々といった類いの言葉を頂戴しているため、程々にしている昨今です。法律などのシステムに基づき色々な人の対応を行う警察官の方は、そういった意味で本当に大変な仕事だと思います。
A: 「スピード違反です」
B: 「会社に間に合わないです」
A: 「もっと早く起きなさい」
B: 「貴方には人情ってものないのかね?」※
A: 「さぁ、早く乗って乗って(パトカーに)」
・・・毎日繰り返されたら頭痛くなるシチュエーションです。お疲れ様です。
ところでここで出る「システム」(スピード規制)への反論として使われる「人間性」(人情〜云々) ですが、システムに基づく側へ著しい不快を与えている場合、発した人間は人間としてどうなのでしょうか?と思うのです。「人間性」自体が曖昧であり、言葉として発すれば己の都合でそれっぽく使える為、便利と思います。しかし、場を分からず使う事は己をおとしめる事となりる為、あまり使わない方が良いかなと思うこの昨今です。
担当: カロ藤 (※ストローマン論法を使って負ける例)
投稿者 beko : 0:28 | コメント (0)
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2009年2月5日
HDDと温度とか

た。最外周で約 100MB/sec、最内周で 50MB/sec と幅の大きな値となっている。
(その理由は、ディスクの記録方法にある。ディスク上に記録する際に問題とな
る内周円と外周円の線速度差を解決するには 2 通りの手法が用いられている。1
つめは、線速度一定。これは CD で使われており、内周を読み取るときには回転
周期を短く、外周を読み取る際には回転周期を長くすることで、データ速度を一
定として記録密度を最大にしている。2 番目の方法は、角速度一定。HDD はこれ
を用いている。線速度一定では内周と外周を処理する際に回転周期を変化させる
必要があるが、ディスクのイナーシャが大きいため、目的の回転周期に達するま
でに長い時間を必要としてしまう。HDD では、回転周期=角速度を一定とするこ
とでこの問題を解決し、シーク時間を短縮している。データ記録密度は、内周〜
外周で記録速度を変化させ、ディスク全面にわたりほぼ一定の記録密度としてい
る。ここではこのデータレートの高低がグラフに現れた。)スワップ領域はディ
スクの先頭アドレスに近い場所に作れ、というのはこれが理由だ。比較対象とし
て、Maxtor (現Seagate) MaxLine も計測してみた。内周〜外周を区画に分けて
記録速度を変化させているために生じた、読み取りレートの階段現象がはっきり
と見えている。
ところで、この 2 台の温度差を見て頂きたい。MaxLine はさわれば熱いと感じ
る 50度だが、Caviar は人肌の 35 度。実は Caviar Green は、暇なときにディ
スクの回転数を下げている。そのため、待機時の温度を低く保つことができ、こ
のように測定終了時にも低い温度を維持することができている。常にアクセスが
有るサーバ等では無意味だが、オフィス・家庭の PC では威力を発揮する。HDD
の動作温度と故障時間は関係が薄いと Google は確かめたそうだが、少なくとも
「精神衛生」上のパフォーマンスは高いだろう。
担当: 衣川(括弧内がながーい)
投稿者 beko : 23:30 | コメント (0)
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2009年2月4日
CG WORLD 03にてEyes, JAPANのMudboxレビューが掲載されています。

特集記事「モデリング匠の技」の中で、フルカラー4PでMudboxについて実例を交えて詳しくかれています。
また連動企画として、Web3D Project でもCG WORLDでは紹介しきれなかったテクニックについてレビュー記事が掲載されています。
雑誌もwebページも、まだ読んでいない方は以下のリンクから今すぐチェック!
CG WORLD 03
http://www.wgn.co.jp/cgw/
Web3D Project Mudbox 2009 Review
http://www.web3dnews.org/archives/2009/01/autodesk_mudbox_2009.html
投稿者 beko : 13:56 | コメント (0)
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2009年2月3日
自己表現?
という、ちょっと気になるフレーズがあります。
(“システムエンジニア/プログラマー” と “ネットワークエンジニア/システム管理者” の項には見当たりません。)
何故このフレーズが気になるのかというと、一般に「自己表現」という行為は「仕事」と相反するものだからです。
例えば、私 (システムエンジニア/プログラマ) の仕事というのは、お客様が使うシステムを作ることです。
そのシステムは、基本的に「お客様がしたいこと」を、「お客様がしたいようにする」ためのものであり、私の個性を発揮するなんてことは全然望まれていません。
細かい部分など私の独断で設計する箇所もありますが、そうした部分も「保守しやすいように」「変更に対応できるように」作るのであって、個性を出しているかと言われれば、答えはノー。
むしろ、個性というかクセがない、誰もが一見してその仕組みを理解できるのが「良いプログラム」の条件です。
プログラマが「自己」を発揮すればするほど、プログラムは「悪く」なっていくと考えて差し支えないでしょう。
それ故、プログラマは自分のコードから如何に己の匂い・気配を消すかということに腐心するのです。
そのような事情があるため、”システムエンジニア/プログラマー” の項には「自己表現」の文字が入っていないのですが、”3DCG Artist” や “Web デザイナー” にも同じことが言えるのではないでしょうか。
漫画家や画家, 小説家のように、自分の好きなように作品を作り、その価値を世に問うタイプの職種であれば、「自己表現」は欠くことのできない要素です。
しかし、Eyes, JAPAN で “3D CG アーティスト”, “Web デザイナ” として働くのであれば、表現するものは「自己」ではなく、「お客様が表現したいもの」であるはず。
それなのに何故、Eyes, JAPAN は「自己表現」を求めるのでしょう?
それには、実はオドロキの理由があったのです……!(続きは次のエントリで)
担当: 成田 (プログラミングとは忍の道と見つけたり) q!
投稿者 beko : 18:00 | コメント (0)
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2009年2月2日
使いやすさと使いにくさのトレードオフ

情報の検索性を高めるために、さまざまなアプリケーションでカテゴリやタグといったものが使われています。
これらはそれぞれに一長一短があるものの、ある程度相補的に機能するため、大体のものはうまく分類できます。
しかし、やはり中にはこれらだけではうまく分類できないものも存在するわけで、どうにかできないものかと近頃頭を悩ませています。
カテゴリは重複ができませんが、階層構造を成すことができます。
一方タグは、重複させることができますが、階層構造を作れるものは見たことがありません。
そこで、重複を許し、且つ階層構造をなすことができる新たな概念を作ればいいと考えました。
そのような概念はタグとカテゴリを一般化したものと言え、一見すると、それを使えばうまく情報を分類することができるように思えたのです。
しかし、実際にそれを実装してみると、その一般化によって曖昧になってしまった情報があることに気付きました。
その情報とは、コンテクストと呼べるようなものです。
カテゴリによって情報を分類した場合、ある情報がどこのカテゴリに属すのかは一意に定まるのですが、それが保障されなくなったために、階層構造のあるノードに着目した時に、どのようなパスでそこに辿りついたのかが曖昧になってしまいました。
なので、ある情報をコンテクストを含めて正確に指し示すためには、そのパスを含めて記述する必要が出てきて、逆に煩雑になってしまうことがありました。
例えるなら、日本全国で齋藤という名字の人が一人であれば、はがきに宛名だけを書けば十分ですが、実際には至る所にいるので住所も併記する必要があるようなものです。
このように、ソフトウェア開発では、ある点で使いやすさを追求すると、別の点で使いにくさが出てきたりします。
ソフトウェア開発者はそのさじ加減にいつも頭を悩ませているのです。
投稿者 beko : 23:59 | コメント (0)
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