« 4月1日から夏時間 | メイン | アジア人は年齢不詳 »

2001年04月09日

今回はちょっと重い話。人種差別について。

今日の写真は、キャンパスに咲いていたツツジと枝垂れ桜です。桜の方はほとんど散っていますが、こういう色のツツジって日本では見ないなーと思って撮ってみました。

さて、先週のコラムでデルタ航空が日本-ポートランド線を昨年度いっぱいでストップさせたということを書きました。その理由としてよく言われているのが、ポートランド空港の移民管理局が日本人に対してある種人種差別的ともとれる対応を一時期していたためにポートランド空港を日本人がだんだん避けるようになり、デルタ航空がその路線で採算が合わなくなって廃線、というものです。私がこちらへ来たのは昨年の9月末ですが、その時の入国管理官はとても親切なおじさんでした。その時の私は上記のような話をまったく知らなかったのですが、今思えばそのような噂が広まってしまったためになんとかイメージアップをはかろうとしていたのかな?とも考えられますね。ルームメイトによると、ポートランド移民局の日本人に対する対応は、こちらの新聞でも取り上げられたことがあるそうです。

アメリカという国が色々な人種で構成されている以上、人種差別は避けて通れない問題として存在します。また、どちらが加害者でどちらが被害者といったような二元論で語ることができるほど単純な問題ではないとつくづく思います。このあたりを書くと非常に長くなってしまうので割愛しますが、アメリカの長所というのは、こういった問題を多くはらみつつも、なくしていこうという流れが社会全体にあることですね。個人レベルでは、人種差別主義者というのは存在します。以前に比べたら減ったかもしれないとはいえ、それでもマイノリティーの目から見れば掃いて捨てるほど(というか掃いて捨てたい)います。が、たとえそう思っていてもおおっぴらに口にするのは恥ずかしく無教養だという雰囲気があるのとないのとでは大違いです。

現在日本でも歴史の教科書が論議を呼んでいるようですが、教育による社会への影響力は本当に無視できませんね。アメリカの大学では、学部の一般教養にEthnic studyやWomen's studyが必修科目になっていることが多いようです。授業以外でも、差別を考えるワークショップなどが頻繁に開かれ、啓蒙活動が大変盛んです。日本の学校も、海の向こうの人種差別より先に教えるべきことはたくさんあるのに・・・と思いますがね。日本にある差別というのは、アメリカのそれのようにわかりやすくないぶん、根が深いような気がします。

アメリカの差別というのは、大雑把に言ってしまえば「肌の色によるもの」ですが、これについての興味深いエピソードをひとつ。以下は私の友達のアジア人(A)と、白人(B)との会話です。

B:好きな色は?
A:青と白。
B:白は色じゃないよ?

なるほど、Colored peopleという言い方はこの発想からくるのだなと、妙に納得してしまいました。その後Aは、これを元ネタにEthnic studyのレポートを書いたそうです。うーん転んでもただで起きてない!皆さんはどう思われますか?

投稿者 akiko : 2001年04月09日 12:01

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://aizu.nowhere.co.jp/mt/tkevn244.dir/2522

コメント

コメントしてください




保存しますか?