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2001年06月25日
アメリカの数学教育と日本の英語教育について
本日は、オレゴンコーストに行ってまいりました。写真は、そのコースト沿いにあるNewportという町のビーチです。今回は見送りになりましたが、Sealion caveという、トドがたくさんいる場所もあります。海はいいですねえ。波がかなりあるので、サーファー向きの海ですね。ちなみに、私はスクーバダイバーです。あの波じゃ無理・・・。
大学はFinals week後一週間の休みも終わり、明日からsummer sessionです。私はCS院の授業がひとつもないので、この夏は授業を取らず、キャンパス内で働いています。仕事を探すにあたって、CS専攻は強い!とつくづく実感しました。今もっとも引く手あまたな分野ですからね。
CS専攻といえば、クラスの友達(韓国人。アメリカでCSの学位取得)が「CSで修士か博士を取るなら、中国か韓国か日本で数学の学位を取ってからアメリカのCS院に来るのが一番良い」というようなことを言っていました。この意見には私は全面的に賛成です。大学院レベルのCSの授業は数学的思考をかなり要求されるので、思考回路がそのように訓練されていないと少々辛いと思われます。逆にいえば、小学校から(アメリカに比べて)かなりハイレベルな数学を叩き込まれる東洋人は、このような場合やはり強いですね。
誤解を恐れずに言えば、アメリカ人は数学ができないというのはあながち偏見ではないと思います。たしかに優れた数学者はいますし、出来る人はものすごく出来るのですが、全体を見た場合、時には頭を抱えたくなるようなこともしばしばです。この現状が何にそっくりかというと、日本人にとっての英語にそっくりなのです。日本人の中にも、ずっと日本にいてまわりと同じような教育を受けてきたにもかかわらず大変英語のできる人は存在しますからね。
どちらも教育の現場に問題があるという点も共通しています。しっかり教育されないから良い教師が輩出されないのか、良い教師がいないからしっかり教育されないのかはわかりませんが、とにかく悪循環に陥っていることは確かです。このように、アメリカの数学教育と日本の英語教育は酷似していると、こちらに来てからよく思います。
私がこのようなことを書くのは、ゆとり教育と称したただの怠惰に大いに疑問を感じるからです。小学校の教科書でπが「およそ3」になるとか、台形の面積がなくなるとか。重要なのは、そういったことを教える教えないではなくて、「何故」そうなるのかを考えさせるというところにあるのではないでしょうか。そのゆとり教育の結果、当初の目的に反して数学嫌いの子供が多々増え、数学に興味を持つ子供はますます減るように思えてなりません。この件に関してはアメリカという反面教師があるのに、なにも いつものように 追従することはないだろう。というのが私の意見です。
投稿者 akiko : 2001年06月25日 16:04
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